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最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)109号 判決 1998年9月08日

フランス国

七五〇〇八・パリ、ブルヴァール・オスマン、一七三

上告人

トムソンーセエスエフ

右代表者

ジェネヴィエーブ・ヴ・タン

右訴訟代理人弁護士

山崎行造

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 伊佐山建志

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第二一〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年一一月一九日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山崎行造の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

(平成一〇年(行ツ)第一〇九号 上告人 トムソンーセエスエフ)

上告代理人山崎行造の上告理由

一 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があるから、破棄を免れないものである。

(一)その一

原判決は、本願発明の顕著な作用効果に関して、「本願発明は、前示発明の要旨の認定から明らかなように、光学的読取装置のみからなる場合を含むものであり、原告も、本願発明が光学的読取装置のみからなる構成を含むことは認めるから、仮に、本願発明が原告の主張するように光学的記録と光学的読取とで共通する構成要素を使用し、両方の機能を発揮できるという作用効果を有するとしても、その効果は、本願発明が光学的読取装置のみからなる場合に有するものでないことは明らかであるから、上記の効果は、本願発明の要旨に基づき常に生ずる効果ということはできない。」と判示する(原判決第二九頁九行乃至一八行)。

しかし、この判示は、特許法第七〇条第一項及び第二項並びに特許法第三六条第五項を誤って解釈適用したものである。

以下にその理由を具体的に述べる。

特許法第七〇条第一項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」と規定している。この規定の趣旨は、旧大正一〇年法のもとにおいては、特許発明の技術的範囲を定めるにあたっては、特許請求の範囲に記載された内容にのみ限定されるという意見と発明の詳細な説明の記載を含めた明細書全体から判断すべきであるという意見があり、後者の意見の最も極端なものは、特許請求の範囲は発明の単なるインデックスにすぎないというものであったが、本規定により、特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲に基づいて定めなければならない旨を明確にしたものである(工業所有権法逐条解説第一三版第一九一頁二行乃至五行)。

また、特許法第七〇条第二項は、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定している。本項は、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められることを原則とした上で、特許請求の範囲に記載された用語について発明の詳細な説明等にその意味するところや定義が記載されているときは、それを考慮して特許発明の技術的範囲の認定を行なうことを確認的に規定したものである(同逐条解説第一九一頁八行乃至一一行)。

このため、本願発明の要旨の認定も、特段の事情がない限り、願書に添付した明細書の「特許請求の範囲」の記載によってなされるべきものといわなければならない。

また、特許法第三六条第五項(本出願に適用される昭和五〇年改正法)は、「第二項第四号の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」と規定している。この規定の趣旨は、発明の詳細な説明に記載しない部分を特許請求の範囲に記載することになれば、公開しない発明について権利を請求することになり、特許制度の趣旨に反することになるから、特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載された事項のみを記載すべきこととしたものである(昭和五〇年改正法に関する工業所有権法逐条解説の同条項解説部分)。従って、「発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」と規定されている。

そのように、特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項「のみ」を記載しなければならないので、特許請求の範囲に記載した事項の一部をその特許請求の範囲に記載された発明にとってはあってもなくてもよいものであるとか、付加的性質のものであるということはできず、そのすべての事項はその発明においては必須のものであるといわなければならない(東京地判昭和五〇年(ワ)第三七三一号、昭和五二年四月二七日判決)。従って、特許請求の範囲に記載された事項は、発明構成上の必須要件で、その発明の技術的課題を解決する為に必要不可欠な技術的事項であるということができる。このため、特許請求の範囲に記載された事項がその発明において格別の意味を有しないなどと主張することは本来許されないところであるのみならず、その発明は複数個の技術的事項を結合した全体の構成にその特徴があるものというべきであるから、特許請求の範囲に記載された各技術的事項はいずれもその発明の構成要件であって、この点に差異はない筋合いである(東京地判昭和五〇年第(ワ)第一〇五〇〇号、昭和五二年一一月三〇日判決)。

以上の観点に鑑みると、発明の要旨の認定は、特段の事情がない限り、願書に添付した明細書の「特許請求の範囲」の記載によってなされるべきものであり、その特許請求の範囲は、発明の構成に欠くことのできない事項のすべてを記載すべきところであるから、特許請求の範囲に複数の構成要件が記載されているときであっても、構成要件の一部を除いて発明を認定することは許されないというべきであり、発明は、特許請求の範囲に記載されだ構成要件が結合した全体の構成に特徴を有し、一体となって有機的に結合して一つの纏まった技術的思想を表現しているのであるから、その一体となって有機的に結合した一つの纏まった技術的思想から生じる効果がその発明の効果であり、構成要件の一部を取り除いた構成から発生する効果をその発明本来の効果と認定すべきでないというべきである。

ここで、本件についてみると、本願発明の一実施例に関して、公報記載の本願明細書には次の二つの記載がある。

「第3図は、本発明装置の一具体例である。対物レンズObとミラーMとを含む組立体としてのヘッドは円2で示される。拡大手段は符号1で示され、光軸Δを有するレンズL1とL2とを含む。ディスク5は記録又は読取トラック7、7'を含む。

記録用平行レーザビームの光路は下記の構成によって形成される。即ち、平行レーザビーム80を発生する第1のレーザ発生器としての偏光レーザ8と、ビーム80を軸Δ"に沿って反射する第1のミラーm1と、音響信号を光学的に信号に変換する音響光学的ビーム変調器12と、軸Δ"上に配向され、互いに両面が平行な半波長板13と、ビーム80を複屈折分離器17の方向に反射させる第2のミラーm2とである。ミラーm1、変調器12、ミラーm2、分離器17、拡大手段1、及び波長板15は本発明の装置に係る光学手段を構成する。

こうしてビーム80は拡大手段1によってビームの幅が拡大され、ディスク5上で反射して拡大手段1に戻された後に複屈折分離器17に戻され、対いで(原文のとおり)音響-光学的反射器18で反射してビーム100となり光電型の受光セル10に達する。」(特公平五-一九二一一号公報の第七欄三四行乃至第八欄一二行)

「読取用平行レーザビームの光路は次の構成によって構成される。即ち、平行レーザビーム90を発生する第2のレーザ発生器としての偏光レーザ9と、ビーム90を音響-光学的反射器18に向かって反射させるミラーm3と、さらにビーム90を複屈折分離器17に向かって反射させる音響-光学的反射器18とである。こうしてビーム90は拡大手段1によってビームの幅が拡大され、ディスク5上で反射して拡大手段1に戻された後に複屈折分離器17によって偏向され、ビーム110に沿って受光セル11に伝えられる。」(特公平五-一九二一一号公報の第八欄一四行乃至同欄二四行)

これらの記載は、記録装置及び読取装置として同時に機能している本願発明の一実施例を説明するものである。このように、本願の明細書には、記録装置及び読取装置の両方に用いることのできる一つの装置が開示されているということができる。

本願の特許請求の範囲(平成六年四月二八日付手続補正書記載のもの)には、「平行レーザビームによって、可動ディスクに設けられた同心円状トラック又は渦巻状トラック上にデータを記録し又は当該トラック上のデータを読取る光学的記録又は読取装置であって、前記平行レーザビームを発生するレーザ発生手段と、前記平行レーザビームをディスクの半径方向に変位させるように構成された半径方向制御手段及び前記ディスクの面に対して垂直な方向に可動なレンズ手段を有すると共に前記平行レーザビームを前記トラック上に収束させるように構成された焦点合せ手段から成り前記ディスクの上方に位置決めされる組立体と、入射するレーザビームが前記可動なレンズ手段の入射瞳を完全に覆うように前記平行レーザビームを拡大するための固定無焦点光学拡大手段、及び前記レーザ発生手段と前記固定無焦点光学拡大手段との間に設けられており前記トラックで反射した光ビームを前記平行レーザビームから分離する分離器を含み、前記レーザ発生手段及び前記組立体との間に設けられた光学手段と、前記分離器により分離された前記反射した光ビームを受容する検出手段と、前記トラック上のデータの記録又は読取り中に前記組立体のみを前記半径方向に沿って直線的に移動させる移動手段とを備えており、前記レーザ発生手段、前記光学手段及び前記検出手段は、前記記録及び読取り中に不動であり、前記分離器は前記トラックにより反射されたレーザビームが平行である空間に配置されることを特徴とする光学的記録又は読取装置」に関する発明が記載されており、この発明は上で引用したように本願明細書に開示されているものである。本願明細書には、本願発明を光学的記録又は読取装置のいずれか一方のみより成るものに、本願発明を限定するというような定義は存在しない。従って、本願発明は、光学的記録及び読取装置として機能することのできる一つの発明であり、光学的記録装置と光学的読取装置との二つの別々の発明からなるものではないというべきである。

原判決で触れているように、本願発明の要旨の認定の際に、上告人は本願発明が光学的読取装置のみからなる場合を含むものであることは認めた。しかし、これは、本願発明は、光学的読取装置とし機能している間に、光学的記録装置として機能していない場合があることを認めたものであり、本願の特許請求の範囲に、光学的記録装置として機能する可能性のない光学的読取装置と、光学的読取装置として機能する可能性のない光学的記録装置との二つの別個の発明が記載されているというようなことを認めたわけではない。

特許請求の範囲には、「光学的記録又は読取装置」というように「又は」という選択の意味を持つ語を用いているが、それは、本願発明は、同一の構成要件によって、光学的記録と光学的読取りとの二つの機能を独立して発揮できる装置に関するものであり、特許請求の範囲は、そのいずれの機能をも発揮することのできる発明を記載するものであるからである。つまり、本願発明を光学的読取装置として用いるときに、これを光学的読取装置と呼ぶことができるが、その際に、本願発明は光学的読取装置としてのみ機能する光学的読取装置として認定されるべきものではなく、光学的読取装置として使用するが、光学的記録装置としても機能することができる発明として認定されるべきものであり、また、本願発明は、これを光学的記録装置として用いるときに、これを光学的記録装置と呼ぶこともできるが、その際には、本願発明は光学的記録装置としてのみ機能する光学的記録装置として認定されるべきものではなく、光学的記録装置として使用するが、光学的読取装置としても機能することができる発明として認定されるべきものである。

このように、本願発明の構成要件は一体となって有機的に結合して一つの纏まった「光学的記録又は読取装置」として機能するものである。同一の構成要件を用いて本願発明が二つの機能を発揮することができるのは、それぞれの機能を発揮させる際の技術的常識に基づいて、例えば、本願発明の構成要件の一つのレーザ発生手段から発生されるレーザビームのエネルギーの大きさを変えることによって、光学的記録又は読取装置として機能させることができるからである。

これにより、本願発明は、新たな構成の追加又は一部の構成の取換えを行なうことなく両方の機能を発揮できるものである点に顕著な作用効果を有するものである。つまり、本願発明は、本願の第3図に示した実施例のように、光学的記録装置としての機能を発揮しているときに光学的読取装置としての機能も同時に発揮させることができ、また、光学的記録装置としてのみ機能する場合には、その機能を行っていないときに、新たな構成の追加又は一部の構成の取換えさえも行うことなく光学的読取装置としてのみ機能させることができるものである。これに対し、引用例発明は、信号再生装置(つまり、信号読取装置)としてしか機能することができないものであり、そのままの構成では信号記録装置として機能する可能性はまったくない。このように、本願発明は引用例発明が達成することのできない顕著な効果を発生させるものである。

この本願発明の効果に関して、原判決は、上で引用したように、その本願発明の効果は、「本願発明が光学的読取装置のみからなる場合に有するものでないことは明らかであるから、上記の効果は、本願発明の要旨に基づき常に生ずる効果ということはできない。」と判示する。この判示は、本願発明が、光学的読取装置としてのみ作動する場合でも、その後に光学的記録装置として機能することができ、または、本願発明が、光学的読取装置としてのみ作動する場合に、その後に、光学的記録装置として作動することができるという顕著な作用効果を有する点を否定するものである。これは、原判決が、特許請求の範囲に記載された本願発明の必須の構成要件の一部、つまり、特許請求の範囲に記載された「又は読取装置」という要件を排除して本願発明を認定しているものであるといわざるをえない。

そうすると、原判決において、本願発明が光学的記録と光学的読取りの両方の機能を発揮できるという効果は、「本願発明が光学的読取装置のみからなる場合に有するものでないことは明らかであるから、上記の効果は、本願発明の要旨に基づき常に生ずる効果ということはできない。」との判示は、本願発明の要旨の認定の誤りに基づくものであることは明らかであり、その結果、本願発明の効果の認定も誤ったものであることは明らかであるといわざるをえない。従って、原判決において、上記の本願発明の顕著な効果は、本願発明の要旨に基づき常に生ずる効果ということはできないとした判示には、特許法第七〇条第一項及び第二項並びに特許法第三六条五項の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(二) その二

また、原判決は、引用例発明に関して、「引用例発明においてスリット開口は、前示のとおり、トラッキング補正用の信号を得るためには必須の構成であるが、本願発明と同様のディスク上のデータを読取る光学的読取装置としては、必須の構成でないことは明らかであるから、当業者が、引用例発明からスリット開口という工夫を取り除いて従来の光学的読取装置を想到することは、容易であるというべきである。」と判示する(原判決第二六頁二〇行乃至第二七頁六行)。

しかし、この判示は、以下に具体的に理由を述べるように、特許法第二九条第二項を誤って解釈適用したものである。

特許法第二九条第二項は、「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。」と規定している。この規定の趣旨は公知技術から容易に推考することができる発明に特許を付与すると第三者の技術実施の自由を不当に圧迫し、産業の発達に寄与することを目的とする特許制度(特許法第一条)の設営の趣旨に反するからである。このため「前項各号に掲げる発明」は出願時において公然知られた発明、公然実施された発明及び頒布された刊行物に記載された発明であり、これらの発明に基づいて、いわゆる本項の進歩性の有無は判断されるべきである(東京高判昭和四九年(行ケ)一四〇号、昭和五三年一月一九日判決)。ただし、これらの発明の意義を明らかにするために技術常識を利用することは差し支えないと考える(最高判昭和五四年(行ツ)第二号昭和五五年一月二四日第一小法廷判決)。

この観点から原判決をみると、原判決は、上に引用したとおり、引用例発明に関して、「引用例発明においてスリット開口は、前示のとおり、トラッキング補正用の信号を得るためには必須の構成である」と判示して、引用例発明においてスリット開口は必須の構成であることを認める一方、「当業者が、引用例発明からスリット開口という工夫を取り除いて従来の光学的読取装置を想到することは、容易である」と判示する。しかし、必須なものは、取り除かれることを想定したものではなく、その様な必須のものを取り除くことが技術的常識だということはできないというべきである。また、たとえ、そのスリット開口を取り除くことが技術的常識の範疇に入るとしても、原判決では、そのスリット開口が取り除かれた後の装置がどのような構成を有するかについての認定はなされていなく、単に「従来の光学的読取装置を想到することは、容易である」と述べるにとどまり、引用例発明と本願発明との比較がされている。

しかしながら、本願発明と比較されるべき先行技術は如何なるものであるかは、引用例をどのように検討しても容易に得られるものではない。もし引用例から本願発明と対比するべき先行技術を抽出しようとすれば、それは発明的知見を必要とするというべきである。

そうすると、原判決は、本願発明の進歩性の判断の前提となる「前項各号に掲げる発明」の認定を行なったものとはいえず、その認定に関する法令の解釈適用を誤った違法性があるというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

二 以上のとおり、原判決には特許法第七〇条、同第二九条第二項及び同第三六条第五項を誤って解釈適用しており、判決に及ぼすこと明らかな法令の違背があり、破棄されるべきものである。

以上

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